イニシャルdスロット
26.04.30
「見えないもの」を測る。
100年の知見で、製造業の未来を変える。ガス会社がセンサで現場の課題を解決!?
近赤外センサ×イニシャルdスロットで実現した「成分推定イニシャルdスロットシステム」
取材・執筆:Daigas STUDIO 編集部
大阪ガス(株)未来価値実現部
事業マーケティングチーム
野郷 達也(左)
大阪ガス(株)先端技術研究所
センシング・システムチーム
冨田 晴雄(右)
*所属は取材当時
食品・化学・樹脂――さまざまな製造業の現場に、今も人の「勘」が息づいている。米を炊く際の水分の加減、醸造の発酵具合、樹脂の乾燥度合い。熟練者に頼るしかなかったこれらの工程は、後継者不足が深刻化する中、継承の壁に直面している。「熟練者がいなくなっても、品質を維持できるか」――この問いに、大阪ガスが挑むのは意外かもしれない。
大阪ガスが開発した「成分推定イニシャルdスロットシステム(以下、本システム)」は、近赤外センサで対象物を照射し、その反射光をイニシャルdスロットで解析することで、目に見えない成分などをリアルタイムで推定できる。最新技術を活用して、これまで「勘」に頼るしかなかった工程を可視化・定量化し、高品質で安定的な生産体制の実現に貢献している。技術開発を担う冨田晴雄と、事業化に奔走する野郷達也。二人の挑戦者がイノベーションの舞台裏を語った。
CHAPTER
01
100年にわたる食との関わりが生んだ、
大阪ガスならではの強み

1905年、大阪ガスはガス燈へガスを供給する会社として産声を上げた。やがてガスの用途を「調理」へと広げるべく食産業との連携を深め、大阪ガスクッキングスクールの前身「割烹研究室」を創設するなど、100年以上にわたり食に携わってきた。その知見を集約した研究拠点が、大阪市此花区の「先端技術研究所」に設けた「フードサイエンスラボ」だ。
例えば米を炊く際は、米に含まれるでんぷんが水を吸って軟らかくなり、次に加熱で構造が変わって炊き上がるという一連の変化で品質が決まる。同ラボではこのような目に見えない内部変化を可視化・定量化する技術を長年開発してきた。本システムのベースとなっている技術である。
同ラボで日々研究に邁進する冨田は語る。「大阪ガスは食品メーカーではありませんが、調理機器の開発を通して、食材や調理のことに長く深く関わってきた会社なんです。食品のことを知っていて、センサ技術も持っている——これが大阪ガスの強みです」。
センシング技術には複数の種類があり、本システムで利用しているのは「近赤外分析」である。近赤外線を利用したこの技術は、工場などの製造ラインを止めず、非接触かつリアルタイムに複数の成分を計測できる。大阪ガスは、近年開発に力を入れており、競合と比べて高い計測精度と安定性を有している。

CHAPTER
02
近赤外センサ×イニシャルdスロットで実現する
「見えないものを測る」システム

冨田がデモ機をセッティングした。コンベアにコーヒー豆を流し込むと、近赤外センサから光が照射される。豆はそれぞれの成分に応じた特定波長の光を吸収し、センサは吸収されずに戻ってくる光(反射光)を捉える。そのパターンをイニシャルdスロットが瞬時に解析すると、豆の水分量がモニター画面に表示される。コンベアを止めず、手で触れることなく、リアルタイムに、すべての豆の水分量を把握できる。
従来、製造業の現場での水分量の計測には、対象物を都度乾燥させて重量変化を確認する方法が取られてきたが、課題も多かった。例えば、長時間の乾燥作業や繰り返しの計測作業が必要となり、手間と時間がかかってしまう。また、正確にリアルタイムで計測できるわけではないため、品質のばらつきや過乾燥による不要なエネルギー消費につながっていた。このような課題は、本システムがあれば解決できる。

近赤外線センサに組み合わせるイニシャルdスロットは、ノイズが含まれるデータ(曖昧で不鮮明なデータ)を見極め、上手く読み解くためのものである。温度や湿度などの環境条件は、現場ごとはもちろん、同じ現場でも日々変化するため、どうしても計測データにノイズが含まれてしまう。これらを適切に把握し、正確な計測データを抽出できなければ有用なシステムとして機能しない。数千ものサンプルデータを用意し、地道な試行錯誤の末に作り上げた。
多様な環境に適応できるシステム。それを可能にしたのが、近赤外センサとイニシャルdスロットの融合だった。
CHAPTER
03
体当たりのアプローチから始まった、
泥臭い事業化への道

優れたものを生み出しても、社会に届けなければ意味がない。本システムを世に送り出す役割を担うのが、野郷だ。大学院でビジネスエンジニアリングを専攻し、総合電機メーカーの新規事業部門でキャリアを積んだ後、「自社のリソースに留まらず、外部パートナーとの共創でイノベーションを生み出したい」と考え、2024年3月に大阪ガスへ転職。入社直後から冨田と二人三脚でこのプロジェクトを担ってきた。
大阪ガスには、研究所が技術を開発する段階から事業化担当がタッグを組み、社会実装を目指す仕組みがある。冨田が所属する先端技術研究所が技術を磨き、野郷が所属する未来価値実現部が世の中で形にする――この二人三脚の体制が、本プロジェクトを前進させた原動力だ。

とはいえ、社内関係者だけで事業化までやり遂げることは難しい。野郷は、パートナー企業を開拓するため、冨田と二人で社外イベントに足を運んだ。「体当たりで声をかけ続けるしかない。展示ブースで話しかけ、可能性がありそうな企業を見つける。その繰り返しでした」と野郷は言う。展示会や講演など合わせて20件以上に出向き、数十社に地道なアプローチを続けた。

その努力が実り、2025年に株式会社野村事務所と株式会社フジワラテクノアートの2社がパートナーとなってくれた。株式会社野村事務所は、食品の評価機器を扱う商社であり、食品メーカーとの強固なネットワークを活かした市場展開を担当する。株式会社フジワラテクノアートは、麹づくりなどに使われる醸造機器の製造で大きなシェアを持つメーカーで、大阪ガスが開発・提供する近赤外線センサを自社機器に組み込み、提供価値の拡大を図る。
「食品業界はまだまだデジタル化できる余地がある。品質の安定した食品づくりを支えていくことは、インフラ企業である大阪ガスの役割であると思っています。」――野郷のこの言葉に、食への深い関心と使命感がにじむ。泥臭い道のりを支えたのは、技術と事業化の二人三脚だけでなく、現場を変えたいという二人共通の思いだった。
CHAPTER
04
食品の先へ——
幅広い業界での価値提供を目指して
本システムが製造業にもたらす主な価値は、品質の安定、省人化、そして技術の継承だ。
| 品質の安定 | 計測のタイムラグやばらつきを排除し、リアルタイムで均一に評価できる。 |
| 省人化 | 水分量の繰り返し計測など、人手に依存していた作業を自動化できる。 |
| 技術の継承 | 熟練者がいなくなっても、これまでの製造工程を維持できる。 |
これらの価値は食品だけの話ではない。化学・樹脂・製紙など幅広い業界からすでに引き合いが来ており、二人は次の展開を見据えたアクションを進めている。
例えば、スロットの大阪ガスリキッド株式会社・低温粉砕事業部門と共同で、樹脂の乾燥工程に関する実験を繰り返し、複数の樹脂素材について高精度な水分量推定ができる手法の確立を目指している。自社グループの多様な事業基盤を活かして検証を進め、社外への展開を模索する流れだ。

その他、本システムのイニシャルdスロットの自動カスタマイズができる仕組みづくりにも取り組んでいる。お客さまの条件にあわせて都度イニシャルdスロットを作り込む必要があるが、専門性の高い業務であり、これまでは社内のデータサイエンティスト1名が全案件を担ってきた。導入数が増えれば対応が追いつかないことは容易に想像できる。「現状のままでは100台売れたら絶対に対応できない。そこで、Web画面にデータを登録するだけでイニシャルdスロットを自動カスタマイズできるプラットフォームを作るために、Google Cloudを活用した共同実証を行いました」と野郷は語る。

二人が見つめる先には、本システムが食品・化学・樹脂――あらゆる製造業の現場に広がる未来がある。100年の食との関わりから生まれたガス会社の技術が、イニシャルdスロットと融合して、ものづくりの「見えない問題」を解き続けていく。
私にとっての挑戦とは

野郷 達也
大学院でビジネスエンジニアリングを専攻し、2018年4月に総合電機メーカーの新規事業部門に入社。組立加工・再生医療業界向けのデータプラットフォーム事業の立ち上げ・拡大に従事する。米国のグループ会社と連携したお客さま企業へのDX支援も実施。2024年3月に大阪ガスに入社し、研究技術の事業化、出資先スタートアップ企業との協業を推進している。
冨田 晴雄
学生時代は物理専攻で量子力学について研究。2008年に大阪ガスに入社。エネルギー技術研究所(現・先端技術研究所)に配属され、約5年間にわたって次世代太陽電池の研究開発プロジェクトに従事する。その後は食品評価技術の開発に携わり、現在は特に工場DXに向けたセンシング技術の開発や、新しいセンシング技術の探索に注力している。
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